「それはね…きっと罪悪感だよ」
それは2019年の年末、まだコロナの兆しはあるものの、そこまで巷を騒がせてはいなかった年の瀬。学生時代の友人と居酒屋で飲んでいるとき、友人のMが放った一言だった。
年末帰るから、その時帰る友人、地元に残っている友人を集めて飲み会をやろうという事になったので、僕は地元に帰るなり荷物を実家に置いたまますぐにその居酒屋へ向かった。
「〇〇で予約してるんですけど」
「二階のお座敷へどうぞ~」
年末で忙しいというのに、とても愛想の良い店員さんに案内され、狭い階段を上がる。狭いだけでなくかなり急だった。思うに、二階へ通されるのは若いグループばかりではなかろうか。そう思いながら指定された席へ向かうと、隣も、その隣のグループも若い人たちだった。
今日は冴えてる。そう思いながら席に座る。
そこにはもう友人3名ほどが座って談笑していた。
軽く再開の挨拶を交わし、自分も談笑の輪に加わる。
最近見た映画の話だとか、学生時代の思い出話などに花を咲かせた。
そこから15分ほど経った頃、更に3人の友人が合流し飲み会のメンバーが揃った。
皆でファーストドリンクを頼み、乾杯した。
僕とあと一人の友達はそこそこ酒が飲めるので、結構なペースで酒を飲んでしまう。
そのせいか、飲み会のペースが全体的に早くなっていってしまうのだ。
皆の会話は支離滅裂なものになっていき、主語と述語の関係もあやふやになっていく。
友人Hが唐突に口火を切った。
「最近見た夢なんだけど…」
え?他人から聞きたくない話のうちTOP3に入るであろう、見た夢の話を飲み会で…?
普段の彼ならそんなことはしない。彼はウルトラマンとプリキュアを心から愛し、授業が終わり次第、寮へと帰り遊戯王に興じる男のはず………。
よく考えたら普段から言いそうでした。なら仕方ないです。彼の話を聞こうじゃないか。
「暗い道を通ってるんだけど、何かに追いかけられてるんだ。俺は後ろを振り返るんだけど、近くにいることしか分かんなくて」
何か不安があるんだろうか…。Hはこの時地元の学校に居り、進路を決定する時期だった。そのせいもあるんだろうか。
Hの話は続く。飲み会だぞ。
「それで、息の限界まで走るんだけど、どんどん失速していって最終的に捕まっちゃうんだ」
彼は、将来への漠然とした不安を抱えているのかもしれない。それを自分の力で解決できるとも、多分思っていないだろう。仕方ない。
モラトリアムな大学生なのだ。彼はその暗闇を走り抜ける力を溜めている。その道程にいる。
今は捕まってもいい。最終的に走り抜けられれば。
一息ついて彼は話を締めくくる。
「最後に分かったんだけど、追ってきてたのピカチュウだったんだ。」
What the fuck.
僕の友人であることを完全に失念していた。
話の流れで隣の席の若者の一人が話しているのかと思っていた。
まあそういうことだ。こいつにはなーんの悩みもない。ピカチュウに追われる夢ってなんだよ。初期のサトシに憑依したんか。
ともかく、僕たちは困惑していた。この5分ほどを使ってHがした話にどこから切り込めばいいか分からなかった。
しかし、その時真っ先に、『解答』をだした男がいた。
そう、後の夢探偵Mである。探偵Mはこう言い放った。
「それはね…きっと罪悪感だよ」
何への?ピカチュウへの?こいつはピカチュウを救えなかった過去でもあるの?
探偵Mの放った『そんな訳がない』一言に僕たちはめちゃくちゃ笑った。
ひとしきり笑った後、探偵M以外の皆で探偵に最近見た夢の話を語り、夢診断をしてもらった。
最終的になんの夢を話しても「性の発露」としか答えずフロイト状態になってしまったので探偵Mは廃業になった。
探偵Mはどこかに行ってしまって、ここ二年程会えていない。
早く顔を突き合わせて酒が飲めるようになったら、今度は将来の夢でも語り合いたいものだ。そこで感じるものは…きっと幸福感だろう。